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『1.5次創作』の時代 ナオトインティライミサイコパス説・ヒカキン嘘字幕・画像文字コラブームに添えて

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インターネットで興る一過性の流行り(英語圏でいうMEME(ミーム})は、たいていそれに興味がない人間にとってはよくわからない。

しかし面白いと感じる事実自体が多くの人間に共有されている以上、そこには何か人の心を集める不思議な魅力があることは間違いないんで、流行ったりしたら、まずその流れに乗る前に「結局何が面白いんだこれ」と考えている。

そういうことを続けてるうちに、ここ最近twitterで流行っている文脈として「ナオトインティライミサイコパス説」「ヒカキン嘘字幕」「画像文字コラ」があるが、この3つには共通の傾向があることがなんとなく流れで判明したので、それを少しまとめてみたいと思う。

ツイッターやってないとどれも知らないとおもうので、順に解説したい。

 

①ナオトインティライミサイコパス

 

 

当然ナオトインティライミはこんなことを言ってない。下世話な解説をすればナオトインティライミの顔がサイコパスっぽいという話題がなんとなく共有され、ナオトインティライミの画像にサイコパスっぽいキャプションをつける遊びが爆発的に流行った。「名誉毀損かも知れない…?」という意見もあるだろうが、しかし、インティライミという名前にはケチュア語で『太陽の祭り』という意味が込められている。次。

 

②ヒカキン嘘字幕

 

こちらもヒカキンはそんなことは言ってない。これはyoutubeの字幕自動生成システムを使うのだが、音声を認識して作られた字幕はまだまだ精度が低くアトランダムで自動翻訳な感じになる。それを使って『偶然の俳句』のように出会いを楽しむ流れだ。新しい動画が上がると、謎の有志がすぐに嘘字幕を消して公式の動画字幕を作るらしいので、鮮度が命のコンテンツだと言える。それよりこういう画像を作るためにヒカキンの動画を何十本も精査している人がいるらしい。お疲れ様。

  ところでヒカキンは知られていないが聖人らしいし、ナオトインティライミも多分サイコパスだけどいい人なので、それぞれキャプションでその人格を改変することに面白さがある。悪いヤツに悪そうな字幕つけても面白くない。この点ではヒカキンもナオトインティライミもむしろ評価が上がっているように思えるのだが、世相はそうは動かないだろう。最後。

 

③画像文字コラ

画像文字コラはもともとふたばのいもげとかで作られてきた文字コラとか、同人CG集とかの派出なのだが、人口に膾炙し始めたのは最近。(文字コラの画像は本当にいかがわしいので垢バンされてしまう)

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こういう画像が普通の画像に付されるとちょっと含みをもった淫猥な感じになるというので、いろいろな画像に適用されている。バリエーションは豊富だし、必ずしもエロだけに適用されるわけではない。こういう素材が示すイメージが用意されているということで、本来ありえない状況にも適用される遊びも出てくるものだ。

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さて、この3つ全てに共通する特徴がある。

それはこの3つがコンテンツ自体が画像の中にあって、そこからほとんど離れないまま、文字情報だけをいじって内容の性質を変えようとする試みであるということだ。

これはpixivではしばしばキャプション芸タグ芸と呼ばれる行為だが、これらはオリジナルに対してどういう立ち位置を取っているかというと、1.5次創作とでも言うべき場所にある。2次創作は一般に設定やキャラクターを借りてオリジナルのストーリーとか自分の筆致で翻案するわけだが、1.5次創作はタイトルやら文字情報を入れ替えて展示し直している。コンテンツの領域としては、画像そのものより文字情報に当る。

ここからはもっと広範に1.5次創作の適用範囲を拡大していきたいが、最近のよくわからん笑いに関連したネットコンテンツの多くは、この1.5次創作が関与していることを強調したい。

例えば画像に覿面な唱題をあてて受けを狙う「bokete」も、同じようにキャプション芸および1.5次創作の仕事だ。

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ニコニコ動画にはもともと長い期間、嘘字幕シリーズというのがあった。外国語に会わせて動画製作者が言いたいことを言うという趣旨だ。当然言語の意味が見えてきてしまうと破綻するのでヒトラーエミネムハートマン軍曹フルメタル・ジャケットの鬼軍曹)などのネイティブですら聴きとりにくいしゃべりの映像がしばしば徴用される。これも1.5次創作的な試みだが、まぁ動画製作者本人がやってるし微妙。

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一方で視聴者がコメントでもともとある動画に視覚的な効果を作るコメント芸という試みがあったけど、これは文字のキャラクターを利用したアスキーアート的文脈で、あくまで視覚的なオーバーレイの試みだ。

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どちらかというと淫夢動画以後に、ひとつの映像に関連する別の事例や他のイメージを"red big shita"で次々と列挙していく、いわゆる「赤字芸」が1.5次創作に位置している。ここでは動画の情報を多元化および撹乱することすら目的にしていて、ある種文字情報の乱雑さとカオス自体が欲望されている事が多い。どうでもいい画面にわけがわからなくなるほど埋め尽くして、とにかく雑な感想が押し寄せている感じが意味の分からない笑いを誘う。

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この例、つまりキャプション芸が歴史的に出てきたのは、まぁ芸術におけるポストモダンパラダイムの後だろう。まぁ全員が思いつくだろうけどマグリットの『イメージの裏切り』だろうな。「これはパイプではない」とパイプの絵に書かれてる。まぁ作者本人がやってるわけだが、これは1.5次元の試みだと言える。そもそも『泉』もまぁ泉じゃなくてこれ便器だろって点では符号するが。(それより教科書レベルの事例しか上げられずクソ恥ずかしいので死んでいいか?}

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この沿線から上のツイッターの最近の試みを会わせて、この1.5次元的遊びにもある程度の俯瞰を与えることはできる気がする。

①画像情報が先にあり、文字でその題名をいじることに興みがある

②追加される文字は画像を撹乱したり、意味を移し替えたりする

③文字情報が乱雑になりすぎると画像は無意味なものになる

人は多分絵から情報を読み取ることが好きなのだと思うが、多分同じくらい文字を読むのが好きなのだ。この遊びは画像がコミュニケーションの基体(まさにお題)として使われ始めたあとの想像力だと思うけど、この運動が盛んなほどそれを有するコミュニティーも栄える。逆にやはり鮮度が命で、定形文として使いこなされるとすぐに萎え始める。

 

 それに1.5次創作な遊びはインターネット特有のものだし、それこそ評価項目が存在しないので大抵の功績は詠み人知らずのスタンドプレーに留まる。しかしある画像がはっきりその意味が移し替えられたと感じる場面では自然にその情報の投稿者に賞賛が集まるものだ。一時期ニコニコには「ニコる」という機能があって、このような1.5次創作の卓越したコメント製作者には無数のニコるが与えられた(結局とんでもない負荷がかかったらしくすぐ終ったが)。

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 しかし、1.5次創作に携わっているこういう陰の職人の仕事がときに大きなブームを作ったりするので、今後もこのような想像力を拡張するようなコンテンツの誕生に期待したい。というのは半分ウソで、どうせ面白いから、今後も各々が好き勝手にやっていくんだろう。